2026年5月5日の京都新聞に、「庭じまい」を取り上げた記事が掲載されました。

「墓じまいならぬ庭じまい」という見出し

見出しは、「墓じまいならぬ『庭じまい』にニーズ 京都府長岡京市の造園業者が代行 高齢で荒れた庭どうする」。

書き出しは、こう続きます。「初夏の日差しを感じる爽やかな季節になり、家の庭の緑も豊かになってきました。ただ年齢を重ね、さらには猛暑の夏も控え、手入れが大変だと感じてい……」

わたしたちが日々うかがっているご相談の言葉が、そのまま記事の入り口になっていました。全文は京都新聞のサイトでお読みいただけます。

うれしかったのは、取り上げられたこと自体よりも、「庭をどうしよう」という悩みが、ひとりで抱えるものではなく、新聞が伝えるだけの広がりを持ったことでした。

手入れをする人が、家の中に一人か二人

背景には、数字で見えるはっきりとした変化があります。

内閣府の高齢社会白書によると、令和5年の時点で、65歳以上の方がいる世帯は全体の49.5パーセント。日本の世帯の、およそ半分にあたります。そのうち、ひとり暮らしの世帯と夫婦だけの世帯が、それぞれ約3割を占めています。

かつては、庭の草むしりも、木の枝を落とす作業も、家族の誰かが分け合ってきました。いまは、その手が一人か二人しかいない家が増えています。庭の広さは変わらないのに、向き合う人だけが少なくなっていく。手入れが追いつかなくなるのは、当然のことです。

長岡京では、古くからの住宅地から

地元の数字も見てみます。

長岡京市の高齢化率は、2020年で26.9パーセント。市の資料では、2030年に27.6パーセント、2040年には31.8パーセントになると見込まれています。

そして市は、2040年の時点で高齢化率が高くなるのは「古くから住宅地を形成している地域」だと見ています。庭のある一戸建てが静かに並ぶ、あの町並みです。木を植え、育て、長く暮らしてきた家ほど、この先に庭の悩みが訪れやすい。京都新聞が長岡京の話としてこの記事を書いたことには、そうした土地の事情があります。

「そろそろかもしれない」と感じるとき

庭じまいを考えはじめるきっかけは、たいてい小さなことです。

  • 脚立にのぼるのが、こわくなってきた
  • 剪定はできても、切った枝を片づける体力がもたない
  • 隣の家や道路へ枝が出ていると、声をかけられた
  • 夏の草むしりを、日が高いうちにできなくなった
  • 実家の庭を、この一年、誰も見に行けていない

ひとつでも思いあたるなら、それは庭が出しているサインです。手をつけないまま季節が過ぎると、木は大きくなり、作業も費用もふくらんでいきます(くわしくはお庭を放置すると、どうなるのか)。

なくすためではなく、住み続けるために

庭じまいは、庭をなくす作業ではありません。これからの暮らしに合う大きさへ、庭を整えなおすことです。木を減らして風通しをよくする、草の生えにくい地面にする、危ない木だけを取り除く。残したい一本を残す選び方もあります(「庭じまい」って、どういうこと?)。

長く手をかけてきた庭には、その家の時間が積もっています。それを急いで片づけてしまわないように、ご家族の事情をうかがうところからはじめます。

京都・長岡京で庭のことにお困りでしたら、どうぞ一輪にご相談ください。何からはじめればいいか分からない、という段階のままで大丈夫です。